限りとて 別るる道の悲しきに いかまほしきは 命なりけり
桐壺の更衣 ⇒ 桐壺帝 (贈歌)
【現代語訳】
寿命は限りがあるものだと、今、別れ道に立ち、悲しい気持ちですが、私が行きたいと思うのは、生きている世界です。
※桐壺の更衣、臨終間際に詠んだ歌。
宮城野の 露吹きむすぶ 風の音に 小萩がもとを 思ひこそやれ
桐壺帝 ⇒ 桐壺の更衣の母 (贈歌)
【現代語訳】
宮中の萩に、露を結ばせたり散らそうとしたりする風の音を聞くにつけ、我が子の身の上が思いやられる。
※宮城野は歌枕。萩の名所である。ここでは宮中を指す。父帝が光源氏を心配する歌。
鈴虫の 声の限りを 尽くしても 長き夜あかず ふる涙かな
靫負命婦 ⇒ 桐壺の更衣の母 (贈歌)
【現代語訳】
鈴虫が声をこれ以上ないくらい鳴き振るわせても、長い秋の夜をとめどなく流れる涙であることよ。
※靫負命婦、弔問の歌。
いとどしく 虫の音しげき 浅茅生に 露置き添ふる 雲の上人
桐壺の更衣の母 ⇒ 靫負命婦 (返歌)
【現代語訳】
虫の音のように泣き暮らしておりました荒れ宿に、よりいっそう涙をもたらします内裏からの使者(靫負命婦)ですこと。
荒き風 ふせぎし 蔭の枯れしより 小萩がうへぞ 静心なき
桐壺の更衣の母 ⇒ 桐壺帝 (返歌)
【現代語訳】
荒い風を防いでいた木が枯れてからは、小萩の身の上が心配です。
※蔭は桐壺更衣、小萩は、若宮(光源氏)を指す。「母の更衣が亡くなったから、幼い子が心配だ」の意。
尋ねゆく 幻もがな つてにても 魂のありかを そこと知るべく
桐壺帝 (独詠歌)
【現代語訳】
亡き桐壺の更衣を探しに行く幻術士がいればいいのに。人づてにでも魂のありかを知ることができるように。
※桐壺の更衣の死を悼む歌。
雲の上も 涙にくるる 秋の月 いかですむらむ 浅茅生の宿
桐壺帝 (独詠歌)【現代語訳】
雲の上の宮中までも涙に曇って見える秋の月だ。ましてや草深い里がどうして澄んでいようか。
※「浅茅生の宿」は、若宮(光源氏)がいる里邸を指す。
いときなき 初元結ひに 長き世を 契る心は 結びこめつや
桐壺帝 ⇒ 左大臣 (贈歌)
【現代語訳】
幼子の元服の際に、末永い仲をあなたの姫との間に結ぶ約束はしましたか。
※桐壺帝、左大臣に、光源氏と葵の上の結婚を提案する。
結びつる 心も深き 元結ひに 濃き紫の 色し褪せずは
左大臣 ⇒ 桐壺帝 (返歌)
【現代語訳】
元服の際に、約束した心も深いものになりましょう。濃い紫の色さえ変わらなければ。
※「濃き紫」に元服の紐の色と、源氏の愛情をかけている。「源氏の愛情が変わらなければ、約束した心は深いものとなりましょう」の意。
手を折りて あひ見しことを 数ふれば これひとつやは 君が憂きふし
左馬頭 ⇒ 女<恋人>(贈歌)
【現代語訳】
あなたと結婚していた日々を指折り数えてみると、この一つだけがあなたの嫌なところなものでしょうか。
※「やは」は反語で、「この一つではない」という意味。
憂きふしを 心ひとつに 数へきて こや君が手を 別るべきをり
女<恋人> ⇒ 左馬頭 (返歌)
【現代語訳】
あなたの辛い態度を心の中で我慢してきましたが、今は別れる時なのでしょうか。
※相手の詠んだ歌の語句を引用しているのは、女に未練がある証である。
琴の音も 月もえならぬ 宿ながら つれなき人を ひきやとめける
男<殿上人> ⇒ 女<恋人> (贈歌)
【現代語訳】
琴の音色も月も美しいお宅ですが、薄情な人を引き止められなかったのですね。
木枯に 吹きあはすめる 笛の音を ひきとどむべき 言の葉ぞなき
女<恋人> ⇒ 男<殿上人> (返歌)
【現代語訳】
冷たい木枯らしに合うあなたの笛の音を引きとどめる言葉を私は持ち合わせていません。
※「私はあなたを引き止めようとはしません」の意
山がつの 垣ほ荒るとも 折々に あはれはかけよ 撫子の露
夕顔 ⇒ 頭中将 (贈歌)
【現代語訳】
山荘の垣根は荒れていても時々は愛情をかけてやってください撫子の花を。
※「撫子」は幼い子どもを指す。「時々は私の子どもに会いにきてください」の意。
咲きまじる 色はいづれと 分かねども なほ常夏に しくものぞなき
頭中将 ⇒ 夕顔 (返歌)
【現代語訳】
庭に咲いている様々な花はいずれも美しいが、やはり常夏の花の美しさにかなうものはいない。
※「常夏」は「撫子」の異名。「常夏」の「とこ」は「床」(男女の寝所)を連想させる。子どもを指す「撫子」から、母親の夕顔を指す「常夏」にすり替えている。「子どもよりもあなた(夕顔)が一番です」と夕顔のご機嫌をとっている。
うち払ふ 袖も露けき 常夏に あらし吹きそふ 秋も来にけり
夕顔 ⇒ 頭中将 (返歌)
【現代語訳】
床の塵を払う袖も涙に濡れている常夏に激しい風の吹きつける秋が来ました。
※「あらし」は頭中将の北の方からの脅迫を指す。「秋」には「飽き」がかかっており、「愛が冷めたのですね」という恨みを含む。
ささがにの ふるまひしるき 夕暮れに ひるま過ぐせと いふがあやなさ
式部丞 ⇒ 女<恋人>(贈歌)
【現代語訳】
蜘蛛が活発に動いて私が来ることがわかっている夕暮に、蒜が臭っている昼間が過ぎるまでまで待てと言うのは意味がわからない。
※蜘蛛がよく動くのは男が訪問する前兆という俗信があった。「蒜(ひる)(にんにく)」と「昼」をかけている。
逢ふことの 夜をし隔てぬ 仲ならば ひる間も何か まばゆからまし
女<恋人> ⇒ 式部丞 (返歌)
【現代語訳】
一夜も間を空けずに逢っている夫婦仲ならば、蒜(にんにく)が臭っている昼間逢ったとしても恥ずかしいことがありましょうか。
※男が長く通わなかったのを恨む歌
つれなきを 恨みも果てぬ しののめに とりあへぬまで おどろかすらむ
光源氏 ⇒ 空蝉 (贈歌)
【現代語訳】
あなたの冷たい態度に恨み言を全て言わないうちに夜も明けようとして、鶏までが取るものも取りあえぬまで騒がしく鳴いて私を起こそうとするのでしょうか。
※「取りあえぬ」に「鶏」をかけている。
身の憂さを 嘆くにあかで 明くる夜は とり重ねてぞ 音もなかれける
空蝉 ⇒ 光源氏 (返歌)
【現代語訳】
わが身の辛さを嘆いても嘆き足りないうちに明ける夜は鶏の鳴く声に取り重ねて、私も涙があふれてきます。
※「取り重ね」に「鶏」をかけている。
見し夢を 逢ふ夜ありやと 嘆くまに 目さへあはでぞ ころも経にける
光源氏 ⇒ 空蝉 (贈歌)
【現代語訳】
夢のようだったあの夜以来、再び逢える夜があるだろうか嘆いているうちに、眠れない夜を幾日も送っていました。
※「逢う」には「夢が合う」(正夢になる)をかけている。「目が合わない」(眠れない)と「あなたに逢わない」をかけている。
帚木の 心を知らで 園原の 道にあやなく 惑ひぬるかな
光源氏 ⇒ 空蝉 (贈歌)
【現代語訳】
近づけば消えるという帚木のようなあなたの心も知らず、園原への道に空しく迷ってしまいました。
※帚木とは信濃の園原に生えていた伝説上の木。遠くからだと見えるのに近づいたら消える。空蝉を帚木に喩えている。
数ならぬ 伏屋に生ふる 名の憂さに あるにもあらず 消ゆる帚木
空蝉 ⇒ 光源氏 (返歌)
【現代語訳】
数にも入らない身分として生きる私は情けないので、存在しても触れられない帚木のようにあなたの前から姿を消します。
※帚木は、信濃の園原の伏屋という場所に生えていたので、空蝉は「伏屋」という語句を使っている。空蝉の教養の高さがうかがえる。
空蝉の 身をかへてける 木のもとに なほ人がらの なつかしきかな
光源氏 ⇒ 空蝉 (贈歌)
【現代語訳】
蝉が抜け殻となるように、衣を脱いで逃げていったあなたですが、やはり人柄が恋しく感じられます。
※「人がら」に蝉の「殻」をかけている。
空蝉の 羽に置く露の 木隠れて 忍び忍びに 濡るる袖かな
空蝉 ⇒ 光源氏 (返歌)
【現代語訳】
蝉の抜け殻の羽に置く露が木に隠れて見えないように、私もひっそりと涙で袖を濡らしております。
※「伊勢集」にあるとされている和歌
桐壺(9首)きりつぼ
帚木(14首)ははきぎ
空蝉(2首)うつせみ