梅枝(11首)うめがえ

花の香は 散りにし枝に とまらねど うつらむ袖に 浅くしまめや
朝顔の君 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
花の香りは散ってしまった枝には残りませんが、香を焚きしめた袖には深く香ることでしょう。
※「散りにし枝」は朝顔自身を、「うつらむ袖」は明石の姫君を喩える。自分を卑下して、明石の姫君の若さを称賛する和歌。薫物合わせにて、お香と一緒に贈られた。

花の枝に いとど心を しむるかな 人のとがめむ 香をばつつめど
光源氏 ⇒ 朝顔の君(返歌)
【現代語訳】
花の枝にますます心を惹かれることだなあ。他人に批判されるだろうと隠しているけれど。
※「花の枝」は朝顔を喩えている。「気持ちを隠しているけれど、あなたにますます魅力を感じます」の意。

鴬の 声にやいとど あくがれむ 心しめつる 花のあたりに
蛍兵部卿宮(唱和歌)
【現代語訳】
鴬のさえずりにますます魂が抜け出しそうです。心が惹かれた梅の花の咲く場所では。
※薫物合わせ後の饗宴で詠まれた和歌。

色も香も うつるばかりに この春は 花咲く宿を かれずもあらなむ
光源氏(唱和歌)
【現代語訳】
色も香りも染みついてしまうほどに、今年の春は梅の花の咲く私の邸を絶えず訪れてくださいよ。

鴬の ねぐらの枝も なびくまで なほ吹きとほせ 夜半の笛竹
柏木(唱和歌)
【現代語訳】
鴬の巣のある枝もたわむほど、夜通し笛の音を吹き続けてください。
※夕霧の横笛の技量を称賛する和歌。

心ありて 風の避くめる 花の木に とりあへぬまで 吹きや寄るべき
夕霧(唱和歌)
【現代語訳】
気をづかって風が避けて吹くらしい梅の花の木に、考えなしに近づいて笛を吹いていいものでしょうか。
※「取りあへぬ」に「鳥」(鴬)を掛ける。「吹き」に「風が吹く」と「笛を吹く」の意を掛ける。

霞だに 月と花とを 隔てずは ねぐらの鳥も ほころびなまし
弁少将(唱和歌)
【現代語訳】
霞さえ月と花とを隔てなければ、ねぐらに帰る鳥も、月の光を昼間と勘違いして、鳴き出すでしょう。

花の香を えならぬ袖に うつしもて ことあやまりと 妹やとがめむ
蛍兵部卿宮 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
この梅の花の香りを、いただいた衣装の素晴らしい袖に移して帰ったら、浮気をしたのではないかと妻が咎めるでしょう。
※「妹」とは妻のこと。

めづらしと 故里人も 待ちぞ見む 花の錦を 着て帰る君
光源氏 ⇒ 蛍兵部卿宮(返歌)
【現代語訳】
家で待っているあなたの奥様も、珍しいことだと思って見るでしょう。この花の錦を着て帰るあなたを。

つれなさは 憂き世の常に なりゆくを 忘れぬ人や 人にことなる
夕霧 ⇒ 雲居雁(贈歌)
【現代語訳】
あなたの冷たい態度は、つらいこの世で当然のこととなって行きますが、それでもあなたのことを忘れない私は普通の人と違っているのでしょうか。

限りとて 忘れがたきを 忘るるも こや世になびく 心なるらむ
雲居雁 ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
もうこれが最後だと、忘れられないという私のことを忘れるのは、あなたの心もこの世の普通の人の心なのでしょう。
※「世になびく」は夕霧に別の人との縁談がきていることを言う。

藤裏葉(20首)ふじのうらば

わが宿の 藤の色濃き たそかれに 尋ねやは来ぬ 春の名残を
内大臣<頭中将> ⇒ 夕霧(贈歌)
【現代語訳】
私の邸の藤の花の色が濃い夕暮れ時に、訪ねていらっしゃいませんか、いく春の名残を惜しみましょう。
※内大臣は夕霧を自邸に招待し、雲居雁との結婚を許可しようと思っている。

なかなかに 折りやまどはむ 藤の花 たそかれ時の たどたどしくは
夕霧 ⇒ 内大臣<頭中将>(返歌)
【現代語訳】
かえって藤の花を折るのに戸惑うのではないでしょうか。夕暮れ時の視界がはっきりしない時刻では。
※「花を折る」は「結婚する」の意味を暗示している。「本当にお伺いしてよろしいですか」という意味の和歌。

紫に かことはかけむ 藤の花 まつより過ぎて うれたけれども
内大臣<頭中将> (唱和歌)
【現代語訳】
紫色のせいにしましょう。藤の花が松の木を越えるほど長く待つことになるとは恨めしいけれど。
※「紫」は雲居雁を指す。「夕霧を婿にすることを長く待たされたことが恨めしいが、雲居雁のせいにしよう」
という意味。

いく返り 露けき春を 過ぐし来て 花の紐解く 折にあふらむ
夕霧 (唱和歌)
【現代語訳】
何度も涙に濡れる春を過ごして来ましたが、今日になって花の開くお許しをいただくことができました。
※長年望んできた結婚が許された喜びを表す和歌。

たをやめの 袖にまがへる 藤の花 見る人からや 色もまさらむ
柏木 (唱和歌)
【現代語訳】
若い女性の袖に見間違えるような藤の花は、見る人が立派なためかより一層美しさが増すことでしょう。
※「藤の花」は雲居雁、「見る人」は夕霧を喩える。

浅き名を 言ひ流しける 河口は いかが漏らしし 関の荒垣
雲居雁 ⇒ 夕霧(贈歌)
【現代語訳】
軽々しい浮名を流したあなたの口は、どうして他人にお漏らしになったのですか。
※この直前に夕霧は「河口の」と発言している。元歌は催馬楽。「河口の 関の荒垣や 関の荒垣や 守れども はれ 守れども 出でて我寝ぬや 出でて我寝ぬや 関の荒垣」、親に厳しく監視されていた女が、抜け出して男と共寝をしてしまったという歌。弁の少将が催馬楽の「葦垣」を歌い、「姫を盗み出そうとしている」と言ったので、夕霧は「河口の」と口ずさむことで、「私と雲居雁はとっくの昔に自らの意志で寝た」と反論しようとしたのだ。雲居雁は催馬楽の「河口」を引歌としてこの和歌を詠んだ。

漏りにける 岫田の関を 河口の 浅きにのみは おほせざらなむ
夕霧 ⇒ 雲居雁(返歌)
【現代語訳】
浮名が漏れたのはあなたの父親のせいでもあるのに、私のせいばかりになさらないでください。
※「守り」と「漏り」をかけている。

とがむなよ 忍びにしぼる 手もたゆみ 今日あらはるる 袖のしづくを
夕霧 ⇒ 雲居雁(贈歌)
【現代語訳】
批判しないでください。人目を避けて絞る手の力もなく、今日は他人に隠せそうもない袖の涙のしずくを。
※後朝の文に書かれていた和歌。「今日からは誰にも遠慮しません」という意が含まれる。

何とかや 今日のかざしよ かつ見つつ おぼめくまでも なりにけるかな
夕霧 ⇒ 藤典侍(贈歌)
【現代語訳】
何といったでしょうか。今日のこの插頭の名を、目の前に見ていながら思い出せないくらい、あなたに逢わないでいたことよ。
※藤典侍は夕霧の愛人。

かざしても かつたどらるる 草の名は 桂を折りし 人や知るらむ
藤典侍 ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
頭にかざしてもはっきりと思い出せない草の名を、試験に合格しているあなたはご存知でしょう。
※「桂を折る」は官吏登用試験に合格すること。夕霧は試験に合格している。

浅緑 若葉の菊を 露にても 濃き紫の 色とかけきや
夕霧 ⇒ 大輔の乳母(贈歌)
【現代語訳】
浅緑色をした若葉の菊が濃い紫の花が咲こうとは、全く思っていなかったでしょう。
※「浅緑」は六位の袍の色。「濃き紫の色」は中納言三位の袍の色。「私が三位に出世するとは思わなかったでしょう」の意。大輔の乳母は雲居雁の乳母で、昔、六位の夕霧との結婚に不満を言っていた。

双葉より 名立たる園の 菊なれば 浅き色わく 露もなかりき
大輔の乳母 ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
幼い二葉の頃から名門の園に育つ菊ですから、浅い色をだと差別する者は誰もいませんでした。
※「夕霧は名門の家の出だから、六位でも蔑視する人はいませんでした」の意。

なれこそは 岩守るあるじ 見し人の 行方は知るや 宿の真清水
夕霧(唱和歌)
【現代語訳】
おまえこそはこの邸を守っている主人だよ。昔、お世話になった人の行方は知っているか、邸の真清水よ。
※真清水に呼びかけた和歌。「見し人」は亡き大宮。

亡き人の 影だに見えず つれなくて 心をやれる いさらゐの水
雲居雁(唱和歌)
【現代語訳】
亡き人の姿さえ映さず冷淡な表情で、気持ちよさそうに流れている浅い清水ね。
※二人を育ててくれた祖母・大宮を思い、感傷にひたる和歌。

そのかみの 老木はむべも 朽ちぬらむ 植ゑし小松も 苔生ひにけり
太政大臣<頭中将>(唱和歌)
【現代語訳】
昔の老木はなるほど朽ちてしまって当然だろう。植えた小松に苔が生えたのだから。
※「老木」は大宮、「小松」は太政大臣自身を指す。もしくは、「老木」が太政大臣、「小松」は夕霧夫妻と見る説もある。

いづれをも 蔭とぞ頼む 双葉より 根ざし交はせる 松の末々
宰相の乳母(唱和歌)
【現代語訳】
どちら様をも頼みにしております、幼い時分から互いに仲睦まじく成長なさった二本の松でいらっしゃいますから。
※宰相の乳母は夕霧の乳母。夕霧夫妻を祝福する和歌。

色まさる 籬の菊も 折々に 袖うちかけし 秋を恋ふらし
光源氏(唱和歌)
【現代語訳】
色濃くなった籬の菊も折にふれて、袖をうち掛けて舞った昔の秋を思い出すことでしょう。
※青海波を舞った昔の秋を思い出して詠んだ和歌。

紫の 雲にまがへる 菊の花 濁りなき世の 星かとぞ見る
太政大臣<頭中将>(唱和歌)
【現代語訳】
紫の雲に似ている菊の花は、濁りのない世の中の星かと思います。
※「久方の雲の上にて見る菊は天つ星とぞあやまたれける」(古今集秋下、二六九、藤原敏行)を踏まえた和歌。

秋をへて 時雨ふりぬる 里人も かかる紅葉の 折をこそ見ね
朱雀院(唱和歌)
【現代語訳】
何度も秋を経て、時雨と共に年老いた里人でも、このように美しい紅葉を見たことはない。
※朱雀院は、冷泉帝の今日の六条院行幸を羨ましく思う。「ふり」は「降り」と「古り」の掛詞。

世の常の 紅葉とや見る いにしへの ためしにひける 庭の錦を
冷泉帝(唱和歌)
【現代語訳】
ありふれた紅葉と思って御覧になるのでしょうか。故桐壺院の先例にならった紅葉の錦ですのに。
※今日の紅葉は故桐壺院の先例を模倣したものだと謙遜し、朱雀院を慰めている。