蓬生(6首)よもぎう

絶ゆまじき 筋を頼みし 玉かづら 思ひのほかに かけ離れぬる
末摘花 ⇒ 侍従 (贈歌)
【現代語訳】
あなたとは絶えるはずのない間柄だと信頼していましたが、思いのほか遠くへ離れて行ってしまうのですね
※末摘花の叔母について九州へ行ってしまう女房との別れの歌。別れの悲しみと、自分を捨てていく恨みとを表している。

玉かづら 絶えてもやまじ 行く道の 手向の神も かけて誓はむ
侍従 ⇒ 末摘花(返歌)
【現代語訳】
お別れしましてもあなたをお見捨て申しません。九州へ下っていく道中の道祖神に固くお誓いしましょう。

亡き人を 恋ふる袂の ひまなきに 荒れたる軒の しづくさへ添ふ
末摘花(独詠歌)
【現代語訳】
亡き父を恋い慕って泣く涙で袂の乾く間もないのに、荒れた軒から雨水までが落ちて降りかかる

尋ねても 我こそ訪はめ 道もなく 深き蓬の もとの心を
光源氏(独詠歌)
【現代語訳】
自分から探してでも、私こそがあなたを訪問しましょう。道もないくらい深く生い茂った蓬の邸に住む姫君の変わらないお心を。

藤波の うち過ぎがたく 見えつるは 松こそ宿の しるしなりけれ
光源氏 ⇒ 末摘花 (贈歌)
【現代語訳】
松にかかった藤の花を見過ごしがたく思ったのは、その松が私をずっと待っているあなたの家の目じるしだったからですね。
※「松」に「待つ」がかかっている。末摘花の貞淑な心を称える。

年を経て 待つしるしなき わが宿を 花のたよりに 過ぎぬばかりか
末摘花 ⇒ 光源氏 (返歌)
【現代語訳】
長年待っていても甲斐のなかった私の邸をあなたは藤の花を御覧になるついでに訪問しただけなのですね

関屋(3首)せきや

行くと来と せき止めがたき 涙をや 絶えぬ清水と 人は見るらむ
空蝉(独詠歌)
【現代語訳】
行く人と来る人が入り混じる逢坂の関で、せきとめがたく流れる私の涙を絶えず流れる清水と人は見るでしょう。
※「せき止めがたき」に「(逢坂の)関」をかけている。空蝉と光源氏は逢坂の関で再会。

わくらばに 行き逢ふ道を 頼みしも なほかひなしや 潮ならぬ海
光源氏 ⇒ 空蝉 (贈歌)
【現代語訳】
偶然に逢坂の関で再会したことに期待を持っていましたが、それも甲斐がありませんね、やはり潮水でない淡水の海だから。
※「逢ふ道」に「近江路」、「甲斐」に「貝」をかける。琵琶湖は海水ではなく淡水の海だから、「海布松(見る目)」が生えていなくて「貝(甲斐)」がないと嘆いている。

逢坂の 関やいかなる 関なれば しげき嘆きの 仲を分くらむ
空蝉 ⇒ 光源氏 (返歌)
【現代語訳】
逢坂の関は、どのような関なのでしょうか。こんなにも深い嘆きを起こさせ、人と人の仲を引き裂くなんて。

絵合(9首)えあわせ

別れ路に 添へし小櫛を かことにて 遥けき仲と 神やいさめし
朱雀院 ⇒ 前斎宮<六条御息所の娘> (贈歌)
【現代語訳】
別れ際に櫛を差し上げましたが、それを口実に、あなたと離れ離れの関係になると神がお定めになったのでしょうか。
※伊勢下向の折、朱雀帝は斎宮の額に小櫛をさし、「京に帰らぬように」と言ったことを踏まえた和歌。叶わぬ恋の恨みを含んでいる。

別るとて 遥かに言ひし 一言も かへりてものは 今ぞ悲しき
前斎宮<六条御息所の娘> ⇒ 朱雀院 (返歌)
【現代語訳】
別れの御櫛をいただいた時に院のおっしゃった一言が、帰京した今となっては悲しく思い出されます。
※伊勢下向の際、朱雀帝は斎宮に「帰りたまふな」と言った。斎宮の帰京は、御世交替または斎宮の親族に不幸があった場合。斎宮は、朱雀帝の退位により帰京した。

一人ゐて 嘆きしよりは 海人の住む かたをかくてぞ 見るべかりける
紫の上 ⇒ 光源氏 (贈歌)
【現代語訳】
一人で都に残って嘆いているよりも、海人が住んでいる浜辺を見て絵に描いていたほうがよかったわ。
※「かた」は「絵」と「潟」の掛詞。源氏が須磨で描いた美しい絵を見て詠んだ和歌。

憂きめ見し その折よりも 今日はまた 過ぎにしかたに かへる涙か
光源氏 ⇒ 紫の上(返歌)
【現代語訳】
辛かったあの頃よりも、今日はまた再び昔を思い出していっそう涙が流れます。
※「憂き目」と「浮海布(うきめ)」「方」と「潟」、「なみだ」と「波」をかけている。

伊勢の海の 深き心を たどらずて ふりにし跡と 波や消つべき
平典侍(唱和歌)
【現代語訳】
「伊勢物語」の深い心を訪ねず、古い物語だからといって価値を落としてよいものでしょうか。
※平典侍は、左方=梅壺女御(斎宮女御)の女房平典侍が絵合の席で詠んだ和歌。

雲の上に 思ひのぼれる 心には 千尋の底も はるかにぞ見る
大弍の典侍(唱和歌)
【現代語訳】
宮中に上った「正三位」の心から見ると、「伊勢物語」の深い心も遥か下の方に見えます。
※大弍の典侍は右方=弘徽殿女御の女房「伊勢物語」を批判している。「正三位」という物語は現在では散逸
しており、内容は不明。

みるめこそ うらふりぬらめ 年経にし 伊勢をの海人の 名をや沈めむ
藤壺の宮(唱和歌)
【現代語訳】
見た目には古くさく見えるでしょうけれど、昔から有名な「伊勢物語」の名を落とすことができましょうか。
※「海松布(みるめ)」と「見る目」、「浦古り」と「心(うら)古り」をかけている。「海松布」「浦」「海人」「沈む」は縁語である。藤壺の宮は、左方の「伊勢物語」を支持した。

身こそかく しめの外なれ そのかみの 心のうちを 忘れしもせず
朱雀院 ⇒ 斎宮女御 (贈歌)
【現代語訳】
我が身はこのように内裏の外におりますが、あの頃のあなたを思う気持ちは今でも忘れていません。
※「そのかみ」に「神」をかけている。「注連(しめ)」は「神」の縁語。「注連の外」は帝を退位した現在、内裏を離れて院の御所にいるという意味。

しめのうちは 昔にあらぬ 心地して 神代のことも 今ぞ恋しき
斎宮女御 ⇒ 朱雀院 (返歌)
【現代語訳】
内裏の中は昔と比べて変わってしまった気がして、斎宮として神にお仕えしていた頃が今は恋しく思われます。
※朱雀院が「忘れしもせず」と詠んだのに対し、「今ぞ恋しき」と自分もあの頃と同じ気持ちだと言っている。

松風(16首)まつかぜ

行く先を はるかに祈る 別れ路に 堪へぬは老いの 涙なりけり
明石の入道 (唱和歌)
【現代語訳】
姫君の将来の幸福を祈る別れに際して、堪えられないのは老人の涙だなあ。
※明石の姫君と、上京する一行の無事を祈る和歌。入道は明石に残る。

もろともに 都は出で来 このたびや ひとり野中の 道に惑はむ
明石の尼君 (唱和歌)
【現代語訳】
あなたと一緒に都を出て来ましたが、今回の旅は一人で都へ帰る野中の道で迷うことでしょう。
※「この度」と「この旅」をかけている。長年連れ添ってきた夫との別れを惜しむ和歌。

いきてまた あひ見むことを いつとてか 限りも知らぬ 世をば頼まむ
明石の君 (唱和歌)
【現代語訳】
京へ行って生きて再会できるのはいつでしょうか。どれだけ生きるとも分からない寿命を頼りにできましょうか。
※「行き」と「生き」の掛詞。生きて再会できる可能性の低い父との別れを悲しむ和歌。

かの岸に 心寄りにし 海人舟の 背きし方に 漕ぎ帰るかな
明石の尼君 (唱和歌)
【現代語訳】
彼岸の極楽浄土に心を寄せていた尼の私が一度は捨てた都に帰って行くことよ。
※「かの岸」には「(明石の)岸」と「彼岸」とをかけ、「海人」と「尼」も掛詞となっている。出家した身で都へ帰る感慨を詠んだ和歌。

いくかへり 行きかふ秋を 過ぐしつつ 浮木に乗りて われ帰るらむ
明石の君 (唱和歌)
【現代語訳】
何年もの秋を過ごして来た私は、頼りない舟に乗って都に帰って行くのでしょう。
※「浮木」は水に浮かぶ木のことで、上京した後の不安を表現している。「浮」は「憂き」を連想させる。

身を変へて 一人帰れる 山里に 聞きしに似たる 松風ぞ吹く
明石の尼君 (唱和歌)
【現代語訳】
尼の姿となって一人で帰ってきた山里に、昔聞いたことがあるような松風が吹いている。

故里に 見し世の友を 恋ひわびて さへづることを 誰れか分くらむ
明石の君 (唱和歌)
【現代語訳】
ふるさとである都で昔親しんだ人を慕って弾く田舎くさい琴の音を、誰が分かってくれましょうか。
※「さへづる」は意味不明の方言のこと。「こと」には「言」と「琴」をかけている。「見し世の友」は幼少時代、都で親しんだ友のこと。
住み馴れし 人は帰りて たどれども 清水は宿の 主人顔なる
明石の尼君 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
かつて住み慣れていた私は帰って来て、昔のことを思い出そうとするが、遣水はこの家の主のように昔と変わらない音を立てています。

いさらゐは はやくのことも 忘れじを もとの主人や 面変はりせる
光源氏 ⇒ 明石の尼君(返歌)
【現代語訳】
小さな遣水は昔のことも忘れないだろうが、家の主人のような顔をしているのは、主人であるあなたが出家して姿を変えてしまったからであろうか。

契りしに 変はらぬ琴の 調べにて 絶えぬ心の ほどは知りきや
光源氏 ⇒ 明石の君(贈歌)
【現代語訳】
約束したとおり、音色が変わらない琴の調べのような心変わりしない私の気持ちを、お分かりいただけましたか
※「琴」と「言」は」掛詞。「琴」「絶えぬ」は縁語。源氏は自分の誠実さをアピールしている。

変はらじと 契りしことを 頼みにて 松の響きに 音を添へしかな
明石の君 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
変わらないと約束なさったことを信じて、松風の音に泣き声を添えて待っていました。
※「言」と「琴」、「松」と「待つ」、「ね」は「琴の音」と「泣く音」の掛詞となっている。

月のすむ 川のをちなる 里なれば 桂の影は のどけかるらむ
冷泉帝 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
そちらは月が澄んで見える桂川の向こう側の里なので、月の光をゆっくりと眺められるでしょう。
※「澄む」と「住む」をかけている。光源氏の別邸「桂殿」の土地を称賛している。

久方の 光に近き 名のみして 朝夕霧も 晴れぬ山里
光源氏 ⇒ 冷泉帝(返歌)
【現代語訳】
桂の里といえば月に近いように思われますが、それは名ばかりであって、本当は朝霧も夕霧も晴れない山里です。
※帝から桂殿を称賛されたのに対して、「朝夕霧も晴れぬ山里」と謙遜している。

めぐり来て 手に取るばかり さやけきや 淡路の島の あはと見し月
光源氏 (唱和歌)
【現代語訳】
都に帰って来て手に取るくらい近くに見える月は、あの頃、淡路島の向こう遥か遠くに眺めた月と同じ月なのだろうか。

浮雲に しばしまがひし 月影の すみはつる夜ぞ のどけかるべき
頭中将(唱和歌)
【現代語訳】
雲に少しの間隠れていた月の光も、今は澄みきっているように、あなた様もいつまでものどかに住むことでしょう。
※「浮き」と「憂き」、「澄み」と「住み」、「夜」と「世」の掛詞。源氏を「月影」に喩えている。

雲の上の すみかを捨てて 夜半の月 いづれの谷に かげ隠しけむ
左大弁(唱和歌)
【現代語訳】
宮中を捨ててしまわれた故桐壺院は、どこの谷間にお姿をお隠してしまわれたのだろう。
※左大弁は老人であり、亡き桐壺院に親しくお仕えしていた。

薄雲(10首)

雪深み 深山の道は 晴れずとも なほ文かよへ 跡絶えずして
明石の君 ⇒ 乳母(贈歌)
【現代語訳】
雪が深いのでこの深い山里への道は通れなくなるでしょうが、どうか都からの手紙は、絶えないようにしてください。
※「文」と「踏み」の掛詞。「雪」と「晴」、「踏み」と「跡」は縁語。「乳母と姫君が二条院に移ってしまっても、手紙だけは遣わしてください」の意。

雪間なき 吉野の山を 訪ねても 心のかよふ 跡絶えめやは
乳母 ⇒ 明石の君(返歌)
【現代語訳】
雪の消えることのない吉野の山奥であっても必ず訪ねて行き、心のこもった手紙を絶やすことは決してしません。

末遠き 二葉の松に 引き別れ いつか木高き かげを見るべき
明石の君 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
幼い姫君にお別れして、いつになったら成長した姿を見ることができるのでしょう。
※「二葉の松」は姫君を喩えている。明石の君と幼い明石の姫君との別れ。

生ひそめし 根も深ければ 武隈の 松に小松の 千代をならべむ
光源氏 ⇒ 明石の君(返歌)
【現代語訳】
生まれてきた因縁も深いのだから、いつか一緒に暮らせるようになりましょう。
※「武隈の松」は明石の君、「小松の千代」は姫君を指す。母子がいつか一緒に暮らせるようになると慰めている。

舟とむる 遠方人の なくはこそ 明日帰り来む 夫と待ち見め
紫の上 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
あなたをお引き止めするあちらの方がいらっしゃらないのなら、あなたは明日帰ってくるだろうと思ってお待ちしますけれど。
※「明日帰ると言っているけど、明石の君にひきとめられて、きっと帰ってこないでしょう」の意。

行きて見て 明日もさね来む なかなかに 遠方人は 心置くとも
光源氏 ⇒ 紫の上(返歌)
【現代語訳】
ちょっと行って様子を見て明日にはすぐ帰ってくるよ。かえってあちらの方が不機嫌になろうとも
※「明石の君が機嫌を損ねようと、明日には紫の上のもとに戻ります」の意。

入り日さす 峰にたなびく 薄雲は もの思ふ袖に 色やまがへる
光源氏 (独詠歌)
【現代語訳】
夕日がさしている峰の上にたなびいている薄雲は、悲しむ私の喪服の袖の色に似せたのだろうか。
※藤壺の宮の崩御に際して源氏が詠んだ哀悼の和歌。

君もさは あはれを交はせ 人知れず わが身にしむる 秋の夕風
光源氏 ⇒ 斎宮の女御(贈歌)
【現代語訳】
あなたも私の恋の情緒を分かってください、誰にも知られず、一人で身にしみて感じている秋の夕風ですから。
※源氏は斎宮の女御に恋心をほのめかす。斎宮の女御からは返歌は無い。

漁りせし 影忘られぬ 篝火は 身の浮舟や 慕ひ来にけむ
明石の君 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
明石の浦の漁り火が思い出されるこの篝火は、浮舟のような辛いわが身を追ってここまでついて来たのでしょうか。
※「浮き」と「憂き」をかけている。

浅からぬ したの思ひを 知らねばや なほ篝火の 影は騒げる
光源氏 ⇒ 明石の君(返歌)
【現代語訳】
私の深い気持ちをわかっていただけていないから、今でもあなたの心は、篝火のようにゆらゆらと揺れ動いているのでしょう。
※「思ひ」に「火」をかける。