朝顔(13首)あさがお
人知れず 神の許しを 待ちし間に ここらつれなき 世を過ぐすかな
光源氏 ⇒ 朝顔の君(贈歌)
【現代語訳】
誰にも知られず神の許しを待っていた間に、長年つらい日々を過ごしてきたことよ。
※朝顔は父が亡くなったことにより賀茂の斎院を辞した。「神の許し」は朝顔が斎院であったことにちなんで言う。
なべて世の あはればかりを 問ふからに 誓ひしことと 神やいさめむ
朝顔の君 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
当たり障りのないご挨拶をするだけでも、誓ったことに反すると神がお咎めになるでしょう。
見し折の つゆ忘られぬ 朝顔の 花の盛りは 過ぎやしぬらむ
光源氏 ⇒ 朝顔の君(贈歌)
【現代語訳】
昔拝見したあなたの姿がどうしても忘れられません。朝顔の花のようなあなたの容姿は盛りを過ぎてしまいましたか。
※「見し」はかつて逢ったことがあるという意味。「つゆ」は「露」と「つゆ」(副詞:少しも)の掛詞。「朝顔」は女の寝起きの顔を暗示する。実際は、源氏と朝顔は逢瀬を遂げたことはないが、「容貌が衰えたのでは?」とからかって相手の反応を見ている。
秋果てて 霧の籬に むすぼほれ あるかなきかに 移る朝顔
朝顔の君 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
秋が終わって霧の立ち込める垣根にしぼんで、今にも枯れてしまいそうな朝顔の花のような私です。
※「あなたのおっしゃると通り、女の盛りを過ぎてひっそり生きています」の意。
いつのまに 蓬がもとと むすぼほれ 雪降る里と 荒れし垣根ぞ
光源氏(独詠歌)
【現代語訳】
いつの間にこの邸には蓬が生い茂り、雪に埋もれたふる里になってしまったのか。垣根も荒れ果ててしまって…。
※「降る」と「古る」をかける。
年経れど この契りこそ 忘られね 親の親とか 言ひし一言
源典侍 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
年月がたってもあなたとのご縁が忘れられません。親の親とかおっしゃった一言がございますもの。
※「親の親と思はましかばとひてまし我が子の子にはあらぬなるべし」(私を親の親と思うならば、当然訪ねただろうに、ここに立ち寄らないあなたは、きっと我が子の子ではないのであろう)(拾遺集雑下、五四五、源重之の母)を踏まえた和歌。「この契り」に「子の契り」をかけている。「親の親」とは源典侍自身を指す。
身を変へて 後も待ち見よ この世にて 親を忘るる ためしありやと
光源氏 ⇒ 源典侍(返歌)
【現代語訳】
生まれ変わり来世まで待って見てください。この世で子が親を忘れる例があるかどうか。
※「この世」と「子の世」の掛詞。
つれなさを 昔に懲りぬ 心こそ 人のつらきに 添へてつらけれ
光源氏 ⇒ 朝顔の君(贈歌)
【現代語訳】
昔のつれない態度に懲りもしない私の心までもが、あなたが辛いと思う心よりもっと辛く思われるのです。
※源氏の執拗な恋心を表した和歌。
あらためて 何かは見えむ 人のうへに かかりと聞きし 心変はりを
朝顔の君 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
今になってどうして気持ちを変えたりしましょうか。他人ではそのようなことがあると聞いた心変わりを。
※朝顔はあくまで源氏の恋を拒否する。
氷閉ぢ 石間の水は 行きなやみ 空澄む月の 影ぞ流るる
紫の上(独詠歌)
【現代語訳】
氷に閉じこめられた石間の遣水は流れが滞っているが、空に澄む月の光は滞りなく西へ流れて行く。
※庭を眺めての叙景の和歌。紫の上自身を石間の水、源氏を月影に喩え、源氏の浮気心に悩む気持を表現しているとの説もあり。「行き」「生き」、「澄む」「住む」、「流るる」「泣かるる」、「空」「嘘言」の掛詞と捉えて、「私は閉じこめられて、どう生きていけばよいのか悩んでいます。嘘ばかりつくあなたのお顔を見ると涙が流れます」
という解釈となる。
かきつめて 昔恋しき 雪もよに あはれを添ふる 鴛鴦の浮寝か
光源氏(独詠歌)
【現代語訳】
昔のさまざまなことが恋しく感じられる雪の夜に、いっそう情緒を添える鴛鴦の鳴き声であることよ。
※「むかし恋しき」は藤壺の宮への思慕。鴛鴦(おし)の浮寝は、紫の上との夫婦関係のことを指すか。紫の上も源氏も同じく雪の夜をテーマに詠んでいるが、紫の上が孤独を歌ったのに対し、源氏は藤壺を追慕している。
2人の感情の齟齬に注目される。
とけて寝ぬ 寝覚さびしき 冬の夜に むすぼほれつる 夢の短さ
光源氏(独詠歌)
【現代語訳】
安眠できずふと寝覚めた寂しい冬の夜に、見た夢は短かかったなあ。
※源氏は夢の中で藤壺の宮と再会した。夢から覚めてしまったことを惜しく思う気持ち。
亡き人を 慕ふ心に まかせても 影見ぬ三つの 瀬にや惑はむ
光源氏(独詠歌)
【現代語訳】
亡くなった人を恋慕う心のままで訪ねていっても、その姿も見えない三途の川のほとりで迷ってしまうだろうか。
※「亡き人」「影」は藤壺の宮を指す。女は最初に契った男に背負われて、三途の川を渡るとされる。藤壺の宮は桐壺院に背負われて川を渡ったであろうから、その姿は見えない。
少女(16首)おとめ
かけきやは 川瀬の波も たちかへり 君が禊の 藤のやつれを
光源氏 ⇒ 朝顔の君(贈歌)
【現代語訳】
思いもかけませんでした。今日、禊の日が立ち帰り、あなたの藤色の衣(喪服)を見るとは。
※朝顔は父親の喪が明け、禊を行った。
藤衣 着しは昨日と 思ふまに 今日は禊の 瀬にかはる世を
朝顔の君 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
喪服を着たのはつい昨日のことと思っていましたのに、今日それを脱ぐ禊をするとは、世の中の移り変わりは早いものですね。
さ夜中に 友呼びわたる 雁が音に うたて吹き添ふ 荻の上風
夕霧(独詠歌)
【現代語訳】
真夜中に友を呼びながら飛んでいく雁の鳴き声に、荻の上を吹く風が、さらに悲しく吹き加わることよ。
※雲居雁との恋に悩む夕霧の独泳歌。2人は引き裂かれることになった。
くれなゐの 涙に深き 袖の色を 浅緑にや 言ひしをるべき
夕霧 ⇒ 雲居雁(贈歌)
【現代語訳】
赤い血の涙を流してあなたを恋い慕っている私を、浅緑の袖の色だと言って蔑んでよいものでしょうか。
※夕霧はこの時、六位だったので、周りから蔑まれていた。
いろいろに 身の憂きほどの 知らるるは いかに染めける 中の衣ぞ
雲居雁 ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
色々と我が身の不幸が思い知らされるのは、どのような前世の因縁なのでしょうか。
霜氷 うたてむすべる 明けぐれの 空かきくらし 降る涙かな
夕霧(独詠歌)
【現代語訳】
霜や氷が嫌なふうに張り詰めた明け方の空を真っ暗にして降る涙の雨だな。
天にます 豊岡姫の 宮人も わが心ざす しめを忘るな
夕霧 ⇒ 五節舞姫(贈歌)
【現代語訳】
あなたが天にいらっしゃる豊岡姫に仕える方であっても、私はあなたにしめ縄で「私のもの」と印をつけました。
そのことを忘れないでくださいね。
※「豊岡姫」は伊勢神宮 外宮の豊受大神のことか。
乙女子も 神さびぬらし 天つ袖 古き世の友 よはひ経ぬれば
光源氏 ⇒ 筑紫の五節(贈歌)
【現代語訳】
少女だったあなたも神さびたことでしょう。天の羽衣を着て舞った昔の友も年をとってしまったので。
※源氏は、若い五節の舞姫を見て、昔関係のあった筑紫の五節のことを思い出し、懐かしい気持ちで和歌を贈った。
かけて言へば 今日のこととぞ 思ほゆる 日蔭の霜の 袖にとけしも
筑紫の五節 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
五節のことを言いますと、あの頃が今日のことのように思われます。日陰の葛を冠につけて舞い、霜がとけるようにあなたと契りを交わしたことが。
日影にも しるかりけめや 少女子が 天の羽袖に かけし心は
夕霧 ⇒ 五節舞姫(贈歌)
【現代語訳】
日の光に照らされてはっきりおわかりになったでしょう。あなたが天の羽衣を着て舞う姿に恋をした私のことが。
鴬の さへづる声は 昔にて 睦れし花の 蔭ぞ変はれる
光源氏(唱和歌)
【現代語訳】
鴬の鳴き声は昔のままですが、慣れ親しんだあの頃とは時勢が変わってしまいました。
※「花宴」巻の桜花の宴を思い出し、桐壺帝⇒朱雀帝⇒冷泉帝へと時勢が変わったことを感慨深く詠む。
九重を 霞隔つる すみかにも 春と告げくる 鴬の声
朱雀院(唱和歌)
【現代語訳】
宮中から離れた院の御所にも、春が来たと鴬の声が知らせにきます。
いにしへを 吹き伝へたる 笛竹に さへづる鳥の 音さへ変はらぬ
兵部卿宮(唱和歌)
【現代語訳】
昔のままの音色をかなでる笛の音に、さらに鴬の鳴く声まで少しも変わっていません。
※昔の徳の高い御代を引き継ぎ、今もちっとも変っていないと今上帝を称える。兵部卿宮は後の蛍兵部卿宮。
源氏と朱雀院の異母弟である。
鴬の 昔を恋ひて さへづるは 木伝ふ花の 色やあせたる
冷泉帝(唱和歌)
【現代語訳】
鴬が昔を恋い慕って木から木へ飛び移りながら、鳴いているのは木の花が色あせているからでしょうか。
※退位した朱雀院の寂しい気持ちをくんで、自分の御代を卑下した和歌。
心から 春まつ園は わが宿の 紅葉を風の つてにだに見よ
秋好中宮 ⇒ 紫の上(贈歌)
【現代語訳】
あなた様の大好きな春をお待ちのお庭では、せめて私の庭の紅葉を風のたよりにでも御覧ください。
※春を好む紫の上に対して、紅葉や秋の花を詰めた箱と一緒に秋の素晴らしさを詠んだ和歌を贈った。
風に散る 紅葉は軽し 春の色を 岩根の松に かけてこそ見め
紫の上 ⇒ 秋好中宮(返歌)
【現代語訳】
風に散ってしまう紅葉は軽々しいものです。この岩にしっかりと根をはった松の変わらない緑は春の色ですよ、御覧なさい。
※箱の中に苔や岩を入れて文とともに贈り、「秋よりも春が素晴らしい」と応酬する。
玉鬘(14首)たまかずら
舟人も たれを恋ふとか 大島の うらがなしげに 声の聞こゆる
乳母の娘(姉)(唱和歌)
【現代語訳】
舟人は誰を恋い慕っているのでしょうか、大島の浦に悲しい声が聞こえます。
※都から筑紫へ下向する玉鬘と乳母の一行。主人の夕顔を恋い慕った和歌。
来し方も 行方も知らぬ 沖に出でて あはれいづくに 君を恋ふらむ
乳母の娘(妹)(唱和歌)
【現代語訳】
来た方向もこれから進む方向も分からない沖に出て、ああどちらの方を向いてあなたを恋い慕ったらよいのでしょう。
※亡き夕顔を恋い慕う和歌。
君にもし 心違はば 松浦なる 鏡の神を かけて誓はむ
大夫監 ⇒ 乳母(贈歌)
【現代語訳】
姫君のお心に違うようなことがあったら、どんな罰も受けると、松浦にまします鏡の神に誓いましょう。
※粗野な田舎者の大夫監が玉鬘に求婚。
年を経て 祈る心の 違ひなば 鏡の神を つらしとや見む
乳母 ⇒ 大夫監(返歌)
【現代語訳】
長年祈ってきたことが叶わなかったなら、鏡の神を薄情な神様だとお思い申すことでしょう。
※「年を経て祈る心」は玉鬘と大夫監との結婚ではなく、玉鬘の上京のことを指す。乳母は玉鬘を上京させ、幸せな結婚をさせたいと思っている。
浮島を 漕ぎ離れても 行く方や いづく泊りと 知らずもあるかな
兵部の君 ⇒ 玉鬘(贈歌)
【現代語訳】
浮き島のように思っていたこの地を舟で離れて行きますが、どこで落ち着けるとも分からない身の上ですこと。
※兵部の君は女房の一人。玉鬘と一緒に上京する。
行く先も 見えぬ波路に 舟出して 風にまかする 身こそ浮きたれ
玉鬘 ⇒ 兵部の君(返歌)
【現代語訳】
行く先もわからない波の道に舟を出して、風まかせの我が身の上こそ頼りないものです。
※「浮き」には「憂き」をかけている。
憂きことに 胸のみ騒ぐ 響きには 響の灘も さはらざりけり
乳母(独詠歌)
【現代語訳】
辛い出来事に胸がどきどきしてばかりだったので、それに比べれば響の灘も名ばかりで大したことではなかったわ。
※乳母は、求婚者である大夫監が玉鬘一行の舟を追ってくるのではないかとハラハラしていた。響の灘とは、現在の播磨灘。
二本の 杉のたちどを 尋ねずは 古川野辺に 君を見ましや
右近 ⇒ 玉鬘(贈歌)
【現代語訳】
二本の杉の立っているこの長谷寺に参詣しなかったら、古い川の近くで姫君に再会できたでしょうか。
※「初瀬川古川の辺に二本ある杉年を経てまたもあひ見む二本ある杉」(古今集雑体歌、旋頭歌、一〇〇九、読人しらず)「初瀬川の古い川の畔にある二本杉。何年か後に逢おう、二本ある杉のところで」を踏まえた和歌。玉鬘は長谷寺にて、かつて母・夕顔の女房をつとめていた右近と再会する。
初瀬川 はやくのことは 知らねども 今日の逢ふ瀬に 身さへ流れぬ
玉鬘 ⇒ 右近(返歌)
【現代語訳】
昔のことは知りませんが、今日あなたとお逢いできたことを嬉しく思う涙でこの体までが流れてしまいそうです。
※「早く」に川の流れの速さと時間の早い時期=「昔」の意味をかける。「流れ」と「泣かれ」も掛詞。「瀬」「流れ」は「川」の縁語。
知らずとも 尋ねて知らむ 三島江に 生ふる三稜の 筋は絶えじを
光源氏 ⇒ 玉鬘(贈歌)
【現代語訳】
今はご存知なくとも聞けばおわかりになるでしょう。三島江に生えている三稜(みくり)のように私とあなたは縁が深いのですから。
※「三島江」は歌枕である、「三島江に生ふる三稜(みくり)の」は「筋」を導く序詞。源氏は玉鬘を六条院に迎え入れることを決意。三稜は、多年草の三稜草のこと。沼沢地に生える。
数ならぬ 三稜や何の 筋なれば 憂きにしもかく 根をとどめけむ
玉鬘 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
数にも入らないこの身はどうして、この世に生まれて来たのでしょう。
※源氏の贈歌の「三稜」「筋」の語句を入れ込んで返している。「三稜」に「身」、「憂き」に「泥(うき)」をかける。「三稜」と「泥」は縁語になっており、玉鬘の教養の高さがうかがえる。
恋ひわたる 身はそれなれど 玉かづら いかなる筋を 尋ね来つらむ
光源氏(独詠歌)
【現代語訳】
ずっと恋い慕っていた私は変わっていないが、姫君はどのような縁でここにたどり着いたのであろうか。
※「いづくとて尋ね来つらむ玉かづら我は昔の我ならなくに」(後撰集雑四、一二五三、源善朝臣)を踏まえる。
源善の和歌では「私は昔の私ではない」、だが源氏はそれと違って「昔も今も変わらず夕顔を愛している」と主張している。「玉」「筋」は縁語。
着てみれば 恨みられけり 唐衣 返しやりてむ 袖を濡らして
末摘花 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
着てみると恨めしく思われます、この唐衣はお返しいたしましょう。涙で袖を濡らして。
※着物の御礼として末摘花が詠んだ和歌。源氏はこの和歌を、『唐衣』、『袂濡るる』といった恨み言が定型的で古臭いと酷評している。
返さむと 言ふにつけても 片敷の 夜の衣を 思ひこそやれ
光源氏 ⇒ 末摘花(返歌)
【現代語訳】
着物をお返ししましょうとおっしゃるにつけても、独りで夜を過ごすあなたをお察しいたします。
※「いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る」(古今集恋二、五五四、小野小町)を踏まえる。
平安時代には、衣を裏返して着て寝ると好きな人の夢が見られるという俗信があった。「着物を返す(返却する)」を「着物を裏返す」の意味にすり替えた和歌。