若菜 上(24首)わかな-じょう
さしながら 昔を今に 伝ふれば 玉の小櫛ぞ 神さびにける
秋好中宮 ⇒ 朱雀院(贈歌)
【現代語訳】
挿したまま昔から今になりましたので、玉の小櫛は古くなってしまいました。
※朱雀院は、秋好中宮が昔伊勢に下向する際、小櫛を髪にさして送り出した。昔を懐かしみながら女三の宮の成長を称える和歌。

さしつぎに 見るものにもが 万世を 黄楊の小櫛の 神さぶるまで
朱雀院 ⇒ 秋好中宮(返歌)
【現代語訳】
あなたに引き続いて姫宮の幸福になっていくのを見たいものです。千秋万歳を告げる黄楊の小櫛が古くなるまで。
※「秋好中宮の幸福に引き続き、我が娘・女三の宮に幸福になりますように」の意。

若葉さす 野辺の小松を 引き連れて もとの岩根を 祈る今日かな
玉鬘 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
若葉が芽ばえる野辺の小松を引き連れて、お世話してくださった元の岩根を祝う今日の子の日ですこと。
※「小松」は玉鬘の子ども、「岩根」は源氏を指す。生い先長い「小松」と固く不滅な「岩根」にあやかって源氏の健康と長寿を祈る和歌。

小松原 末の齢に 引かれてや 野辺の若菜も 年を摘むべき
光源氏 ⇒ 玉鬘(返歌)
【現代語訳】
小松原の将来のある年齢にあやかって、野辺の若菜である私も長生きするでしょう。
※「摘む」「積む」は掛詞。「小松」「摘む」は縁語。「小松(玉鬘の子どもたち)の豊かな生命力にあやかって、
私も長生きできるでしょう」という意味の和歌。

目に近く 移れば変はる 世の中を 行く末遠く 頼みけるかな
紫の上 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
目の前で移り変わっていく二人の仲でしたのに、行く末長くと信頼していたとは。
※女三の宮が降嫁したことで、紫の上は源氏に裏切られたと失望した。

命こそ 絶ゆとも絶えめ 定めなき 世の常ならぬ 仲の契りを
光源氏 ⇒ 紫の上(返歌)
【現代語訳】
命が絶えてしまうのは仕方ないことだが、無常のこの世とは違う変わらない二人の仲なのですよ。

中道を 隔つるほどは なけれども 心乱るる 今朝のあは雪
光源氏 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
二人の仲を邪魔するほどではありませんが、降り乱れる今朝の淡雪に私の心も乱れています。

はかなくて うはの空にぞ 消えぬべき 風にただよふ 春のあは雪
女三の宮 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
頼りなくて空に消えてしまいそうです。風に漂う春の淡雪のように。

背きにし この世に残る 心こそ 入る山路の ほだしなりけれ
朱雀院 ⇒ 紫の上(贈歌)
【現代語訳】
捨て去ったこの世に残る子どもを思う心こそが、山に入る私の妨げなのです。
※「この世」に「子」をかけている。「女三の宮を心配に思う気持ちが、山の御寺で仏道に専念する妨げとなっている」の意。

背く世の うしろめたくは さりがたき ほだしをしひて かけな離れそ
紫の上 ⇒ 朱雀院(返歌)
【現代語訳】
お捨てになったこの世がご心配なら、離れがたい姫君から無理に離れたりしないでください。
※朱雀院の出家に対して、批判的な意味が込められている。

年月を なかに隔てて 逢坂の さも塞きがたく 落つる涙か
光源氏 ⇒ 朧月夜(贈歌)
【現代語訳】
長い年月を隔ててようやくお逢いできたのに、このような障子に隔たれていては堰き止めがたく涙が零れます。
※「逢坂」と「逢ふ」、「関」と「塞」の掛詞。「逢坂」と「関」は縁語。朧月夜は源氏と障子を隔てて対面したが、
源氏は障子を無理に動かして逢瀬を遂げる。

涙のみ 塞きとめがたき 清水にて ゆき逢ふ道は はやく絶えにき
朧月夜 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
涙だけは関の清水のように堰き止められず流れますが、お逢いする道はとっくの昔に絶えていました。
※「逢ふ道」と「近江路」の掛詞。(逢坂の関は近江国にあった)「関」「清水」は「逢坂」の縁語。

沈みしも 忘れぬものを こりずまに 身も投げつべき 宿の藤波
光源氏 ⇒ 朧月夜(贈歌)
【現代語訳】
須磨に沈んで暮らしていた頃のことを忘れないが、また懲りもせずにこの邸の藤の花(淵)に身を投げてしまいたい。
※「こりずま」と「須磨」、「藤」と「淵」の掛詞。朧月夜を藤の花に喩えている。朧月夜への執着心を表現した和歌。

身を投げむ 淵もまことの 淵ならで かけじやさらに こりずまの波
朧月夜 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
身を投げようとおっしゃる淵も本当の淵ではないのですから、懲りることなくあなたの偽りの言葉を信用したりしません。
※「淵」と「藤」の掛詞、「藤」と「波」は縁語。源氏の執心を突っぱねる和歌。

身に近く 秋や来ぬらむ 見るままに 青葉の山も 移ろひにけり
紫の上 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
近くに秋が来たのかしら、見ているうちに青葉の山のあなたの心の色が変わってきましたね。
※「秋」と「飽き」をかける。「私はあなたに飽きられてしまったのですか」の意。

水鳥の 青羽は色も 変はらぬを 萩の下こそ けしきことなれ
光源氏 ⇒ 紫の上(返歌)
【現代語訳】
水鳥の青い羽の私の心の色は変わらないのに、萩の下葉のあなたこそ心が変わっていきます。
※「水鳥の青羽」は源氏、「萩」は紫の上を喩える。

老の波 かひある浦に 立ち出でて しほたるる海人を 誰れかとがめむ
明石の尼君(唱和歌)
【現代語訳】
長生きした甲斐があると嬉し涙を流している出家した老人の私を、誰が批判したりするでしょうか。
※「貝」と「効」、「尼」と「海人」の掛詞。「波」「貝」「浦」「潮垂る」は「海人」の縁語。東宮に入内して妊娠した孫の明石の姫君の立派な姿を見て感慨にひたっている。

しほたるる 海人を波路の しるべにて 尋ねも見ばや 浜の苫屋を
明石の姫君(唱和歌)
【現代語訳】
泣いていらっしゃる尼君に案内していただいて、訪ねてみたいものです、生まれ故郷の明石の浦を。

世を捨てて 明石の浦に 住む人も 心の闇は はるけしもせじ
明石の君(唱和歌)
【現代語訳】
出家して明石の浦に住んでいる父の入道も、子を思うがゆえの心の闇は晴れることもないでしょう。

光出でむ 暁近く なりにけり 今ぞ見し世の 夢語りする
明石の入道(独詠歌)
【現代語訳】
朝日があがってくる暁が近づいてきたことよ。昔見た夢の話を、今になって初めてします。
※明石の入道の辞世の歌。生まれた男皇子の即位、明石の姫君の立后が近づいたと喜ぶ。この和歌が書かれた手紙には、入道が昔見た予言の夢の話も書かれていた。

いかなれば 花に木づたふ 鴬の 桜をわきて ねぐらとはせぬ
柏木 ⇒ 夕霧(贈歌)
【現代語訳】
どうして、花から花へと木を飛び移る鴬は、桜を特別なものとして、ねぐらにしないのでしょうか。
※花を六条院の他の女たちに、桜を女三の宮に、鴬を源氏に喩える。源氏が女三の宮を愛していないことを非難する和歌。柏木はこの日、女三の宮の美しい姿を見てしまった。

深山木に ねぐら定むる はこ鳥も いかでか花の 色に飽くべき
夕霧 ⇒ 柏木(返歌)
【現代語訳】
深山の木をねぐらと決めているはこ鳥も、どうして美しい花の色に飽きたりしましょうか。
※深山木を紫の上に、はこ鳥を源氏に、花を女三の宮に喩える。「源氏は紫の上を愛しているが美しい女三の宮に飽きたりはしない」と反論する和歌。 

よそに見て 折らぬ嘆きは しげれども なごり恋しき 花の夕かげ
柏木 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
遠くから見るばかりで、手折ることのできない悲しみは深いですが、あの日の夕方に見た花の美しさは今でも恋しく思われます。
※「嘆き」に「投げ木」を連想させ、「折る」「繁る」「花」は「木」の縁語である。「花」は女三の宮の美貌を言う。

いまさらに 色にな出でそ 山桜 およばぬ枝に 心かけきと
小侍従 ⇒ 柏木(返歌)
【現代語訳】
今になって表情にお出しなさいますな、手の届かない山桜の枝に恋をしたなどと。
※女三の宮が返事をかけそうにないので、女房の小侍従が代返した。

若菜 下(18首)わかな-げ
恋ひわぶる 人のかたみと 手ならせば なれよ何とて 鳴く音なるらむ
柏木(独詠歌)
【現代語訳】
恋い慕っている人の形見と思って可愛がっていると、どういうつもりでそんな鳴き声を出すのか。
※柏木は女三の宮が飼っていた猫を入手した。猫が「ねう、ねう(寝よう、寝よう)」と鳴くのを聞いて詠んだ和歌。

誰れかまた 心を知りて 住吉の 神代を経たる 松にこと問ふ
光源氏 ⇒ 明石の尼君(贈歌)
【現代語訳】
わたし以外に誰が昔の事情を知って、住吉に神代から生える松に話しかけたりしましょうか。
※住吉参詣した源氏は、須磨・明石に流浪していた過去を回想する。

住の江を いけるかひある 渚とは 年経る尼も 今日や知るらむ
明石の尼君 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
住吉の浜を、生きてきた甲斐がある浜だと、年老いた尼も今日知ることでしょう。
※「貝」と「効」、「尼」と「海人」をかけている。

昔こそ まづ忘られね 住吉の 神のしるしを 見るにつけても
明石の尼君 (独詠歌)
【現代語訳】
昔のことが何より忘れられない。住吉の神の霊験を目の前で見るにつけても。 

住の江の 松に夜深く 置く霜は 神の掛けたる 木綿鬘かも
紫の上 (唱和歌)
【現代語訳】
住吉の浜の松に夜が深くなってから置く霜は、神様が掛けた木綿鬘(ゆうかずら)でしょうか。
※住吉の神の神意を詠む和歌。「霜」を「木綿鬘」に見立てる。木綿鬘は頭にかける木綿で作ったかつらのこと。

神人の 手に取りもたる 榊葉に 木綿かけ添ふる 深き夜の霜
明石の姫君 (唱和歌)
【現代語訳】
神に仕える人が手に持った榊の葉に、木綿を掛け添えたような深い夜の霜ですこと。

祝子が 木綿うちまがひ 置く霜は げにいちじるき 神のしるしか
中務の君 (唱和歌)
現代語訳】
神に仕える人々の木綿鬘と見間違えるような霜は、おっしゃる通り住吉の神の御霊験でございましょう。
※中務の君は、紫の上に仕える女房。

起きてゆく 空も知られぬ 明けぐれに いづくの露の かかる袖なり
柏木 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
起きて帰って行く先も分からない暗い夜明けに、どこから露がかかって袖が濡れるのでしょう。
※「起き」と「置き」の掛詞。「置く」と「露」は縁語。「露」は涙を象徴している。女三の宮と一夜を過ごした柏木は、まだ空の暗い明け方に帰っていく。

明けぐれの 空に憂き身は 消えななむ 夢なりけりと 見てもやむべく
女三の宮 ⇒ 柏木(返歌)
【現代語訳】
夜明けの暗い空にこの辛い身は消えてしまいたいです。これは夢であったと思っておしまいにできるように。

悔しくぞ 摘み犯しける 葵草 神の許せる かざしならぬに
柏木(独詠歌)
【現代語訳】
悔しいものだ、罪を犯してしまったことよ。あの人と逢ってしまった神が許した関係ではないのに。
※「摘み犯す」と「罪犯す」「葵」と「逢ふ日」の掛詞。女三の宮との関係を罪であると自覚している。

もろかづら 落葉を何に 拾ひけむ 名は睦ましき かざしなれども
柏木(独詠歌)
【現代語訳】
落葉のように魅力のない方をどうして妻にしたのだろう。同じ朱雀院の娘である姉妹同士ではあるが
※「もろかづら」は賀茂祭の際に頭にさす。葵と桂の飾りのこと。「挿頭(かざし)」には姉妹という意味の「かざし」をかける。女三の宮と二の宮は姉妹である。柏木は女二の宮を妻としたが、女三の宮に比べて見劣りがすると言っている。

わが身こそ あらぬさまなれ それながら そらおぼれする 君は君なり
六条御息所<死霊> ⇒ 光源氏 (贈歌)
【現代語訳】
私の身はこんなに変わり果ててしまったが、知らないふりをするあなたは昔と変わらないですね。
※紫の上を一時絶命させた六条御息所の死霊が詠んだ和歌。

消え止まる ほどやは経べき たまさかに 蓮の露の かかるばかりを
紫の上 ⇒ 光源氏 (贈歌)
【現代語訳】
露が消えずに残っている間だけでも生きられるでしょうか。たまたま蓮の露がこのように残っているだけの命ですから。
※「消え」と「露」と「かかる」、「玉」と「露」は縁語。「たまさか」には「魂(たま)」を響かせる。自身のはかない命を消え残る露に喩えた和歌。

契り置かむ この世ならでも 蓮葉に 玉ゐる露の 心隔つな
光源氏 ⇒  紫の上(返歌)
【現代語訳】
お約束しましょう、この世だけでなく来世でも、蓮の葉の上に玉のように置く露のように少しも心の隔てを置かないでくださいよ。
※この世のみならず、来世までもの愛を誓う和歌。

夕露に 袖濡らせとや ひぐらしの 鳴くを聞く聞く 起きて行くらむ
女三の宮 ⇒ 光源氏 (贈歌)
【現代語訳】
夕露に袖を濡らせというのでしょうか。ひぐらしが鳴くのを聞きながら、起きて行かれるのですね。
※「夕露に袖濡らす」は涙を流すということ。「起きて」は「露」の縁語「置きて」を響かす。夕方は本来男が訪ねてくる時刻であるのに、帰ろうとする源氏を恨む和歌。

待つ里も いかが聞くらむ 方がたに 心騒がす ひぐらしの声
光源氏 ⇒ 女三の宮(返歌)
【現代語訳】
私を待っている人はどのように聞いているでしょうか。それぞれに心を騒がせるひぐらしの声ですね。

海人の世を よそに聞かめや 須磨の浦に 藻塩垂れしも 誰れならなくに
光源氏 ⇒ 朧月夜 (贈歌)
【現代語訳】
あなたが出家されたことを他人事として聞き流せません。私が須磨の浦で涙を流していたのは他ならぬあなたのせいなのに。
※「海人」に「尼」をかける。朧月夜が出家したと聞いて、知らせてくれなかった冷たさを恨む和歌。

海人舟に いかがは思ひ おくれけむ 明石の浦に いさりせし君
朧月夜 ⇒  光源氏(返歌)
【現代語訳】
私は尼になりましたが、あなたはどうして遅れをおとりになったのでしょう。明石の浦で女性と恋をなさっていたあなたですものね。
※「いさり(漁り)」は暗に明石の君との結婚のことを指すか。「須磨流浪で涙を流していたのではなく、他の女と恋をしていたのでしょう」と切り返す。