柏木(11首)かしわぎ
今はとて 燃えむ煙も むすぼほれ 絶えぬ思ひの なほや残らむ
柏木 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
これが最期であると燃える私の荼毘の煙もくすぶって空に上っていけず、あなたへの諦められない思いがなおもこの世に残ることでしょう。
※「思ひ」と「火」は掛詞。「煙」「火」は縁語。病に倒れた柏木は女三の宮に手紙を書く。
立ち添ひて 消えやしなまし 憂きことを 思ひ乱るる 煙比べに
女三の宮 ⇒ 柏木(返歌)
【現代語訳】
私も一緒に煙になって消えてしまいたいです。辛いことを思い乱れる悩みの重さを競い合って。
行方なき 空の煙と なりぬとも 思ふあたりを 立ちは離れじ
柏木 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
行くえのない空の煙になったとしても、愛しているあなたのおそばを離れたくありません。
※「煙」と「立ち」は縁語。柏木の詠んだ最後の和歌。
誰が世にか 種は蒔きしと 人問はば いかが岩根の 松は答へむ
光源氏 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
いったい誰が種を蒔いたのですかと人がきいたら、岩根の松は誰と答えるでしょうか。
※「松」は若君(薫)を喩える。「誰が父親かと問われたら、薫は誰と答えるでしょうか」の意。
時しあれば 変はらぬ色に 匂ひけり 片枝枯れにし 宿の桜も
夕霧 ⇒ 一条御息所(贈歌)
【現代語訳】
季節が巡って来たならまた変わらない色に咲くものです。片方の枝が枯れてしまったこの桜の木も。
※「夫(柏木)を亡くした女二の宮も、時がたてばまた元気になれるでしょう」の意。一条御息所は、女二の宮(落葉の宮)の母親。
この春は 柳の芽にぞ 玉はぬく 咲き散る花の 行方知らねば
一条御息所 ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
今年の春は柳の芽に露の玉が貫いているように泣いています。咲いて散る桜の花の行く方もわからないので。
※「娘の将来が不安で、泣いています」の意。
木の下の 雫に濡れて さかさまに 霞の衣 着たる春かな
太政大臣<頭中将>(唱和歌)
【現代語訳】
木の葉からしたたる雫に濡れて順番が逆ですが、親が子の喪に服している春です。
※「さかさまに」は親が子の喪に服すことを言う。「木の下の雫」は涙に濡れる意。「霞の衣」は喪服の喩え。
息子(柏木)の死を悼む太政大臣(頭中将)の和歌。
亡き人も 思はざりけむ うち捨てて 夕べの霞 君着たれとは
夕霧(唱和歌)
【現代語訳】
亡くなった人も思わなかったことでしょう。親に先立って父親が喪服を着ることになろうとは。
恨めしや 霞の衣 誰れ着よと 春よりさきに 花の散りけむ
弁の君(唱和歌)
【現代語訳】
恨めしいことだ、喪服を誰かが着るようにと思って、春より先に花は散ってしまったのでしょうか。
※弁の君は柏木の弟。
ことならば 馴らしの枝に ならさなむ 葉守の神の 許しありきと
夕霧 ⇒ 女二の宮<落葉の宮>(贈歌)
【現代語訳】
同じことならば連理の枝のように親しくしてください。葉守の神のお許しがあったのですから。
※「葉守の神」とは、樹木に宿り、木を護り、葉を茂らせる神。
柏木に 葉守の神は まさずとも 人ならすべき 宿の梢か
少将の君 ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
柏木に葉守の神はいらっしゃらなくても、むやみに人を近づけてよい梢ではないのです。
※葉守の神は柏木に宿るとされているので、逆に「柏木に葉守の神はまさずとも」と言っている。女二の宮の代わりに返歌をした。
横笛(8首)よこぶえ
世を別れ 入りなむ道は おくるとも 同じところを 君も尋ねよ
朱雀院 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
この世を捨てて仏道に入った時期は私より遅くとも、同じ極楽浄土をあなたも求めてください。
※朱雀院は御寺の近くで採れた「野老(ところ)=山芋の一種」を女三の宮に贈ったので、和歌にも「ところ」を詠みこんでいる。
憂き世には あらぬところの ゆかしくて 背く山路に 思ひこそ入れ
女三の宮 ⇒ 朱雀院(返歌)
【現代語訳】
辛い世の中とは違う所に行きたくて、父上が世を捨てて入った同じ御寺に私も入りたいのです。
憂き節も 忘れずながら 呉竹の こは捨て難き ものにぞありける
光源氏(唱和歌)
【現代語訳】
辛いことは忘れられないが、この子は捨て難く思われることだ。
※「こは」は「これは」の意と「子は」の掛詞。「節」と「竹」は縁語。若君(薫)が竹の子をかじっているのを見て詠んだ和歌。
ことに出でて 言はぬも言ふに まさるとは 人に恥ぢたる けしきをぞ見る
夕霧 ⇒ 女二の宮<落葉の宮>(贈歌)
【現代語訳】
言葉に出しておっしゃらないのは、おっしゃる以上に気持ちが深いのだと、あなたの慎み深い態度から分かりますよ。
※「言」と「琴」をかけている。夕霧は直前に柏木の遺品である琴を演奏し、女二の宮にも演奏を勧めている。
深き夜の あはればかりは 聞きわけど ことより顔に えやは弾きける
女二の宮<落葉の宮> ⇒ 夕霧(返歌)
【現代語訳】
秋の夜の情趣はわかっていますが、琴を弾くよりも表情に、あなたの意に添うような様子を見せましたでしょうか。
※「ことよりほかに」「いひける」とする本もある。これだと「琴以外で何か言うことができましたか」という意味になる。
露しげき むぐらの宿に いにしへの 秋に変はらぬ 虫の声かな
一条御息所 ⇒ 夕霧(贈歌)
【現代語訳】
泣き暮らしておりますこの荒れ果てた家で、昔の秋と変わらない笛の音を聞かせて戴きました。
横笛の 調べはことに 変はらぬを むなしくなりし 音こそ尽きせね
夕霧 ⇒ 一条御息所(返歌)
【現代語訳】
横笛の音色は昔に比べて特に変わりませんが、亡くなった人を悼む泣き声は絶えることがありません。
※「こと」に「琴」をかけている。
笛竹に 吹き寄る風の ことならば 末の世長き ねに伝へなむ
柏木<死霊> ⇒ 夕霧(贈歌)
【現代語訳】
この笛に吹き寄る風が同じであるなら、私の子孫に伝えて欲しいものだ。
※「世」「節(よ)」、「根」「音」の掛詞。「竹」「根」「「節(よ)」は縁語。「根」は子孫を意味する。「この笛を、私の子孫に伝えてください」の意。夕霧の夢の中で、柏木の霊が詠んだ和歌。
鈴虫(6首)すずむし
蓮葉を 同じ台と 契りおきて 露の分かるる 今日ぞ悲しき
光源氏 ⇒ 女三の宮(贈歌)
【現代語訳】
来世は同じ蓮の花に生まれようと約束しましたが、その葉に置く露のように離れ離れでいる今日が悲しいです。
※女三の宮主催の持仏開眼供養の準備を行っている時に詠んだ和歌。
隔てなく 蓮の宿を 契りても 君が心や 住まじとすらむ
女三の宮 ⇒ 光源氏(返歌)
【現代語訳】
一緒の蓮の花の上で仲睦まじくしようと約束なさっても、あなたの本音はさとり澄ましていて、私と一緒にとは思っていないでしょう。
※「すまじ」は「住まじ」と「清まじ」の掛詞。
おほかたの 秋をば憂しと 知りにしを ふり捨てがたき 鈴虫の声
女三の宮 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
秋という季節は辛いものと分かっていますが、鈴虫の声だけは飽きずに聞き続けていたいものです。
※「秋」と「飽き」の掛詞。「鈴」「振り」は縁語。自分のことを飽きた源氏への恨みを含んだ和歌。
心もて 草の宿りを 厭へども なほ鈴虫の 声ぞふりせぬ
光源氏 ⇒ 女三の宮(返歌)
【現代語訳】
あなたはご自分の意志でこの世をお捨てになったのですが、やはりお声は鈴虫と同じように変わりませんね。
※「振り」と「古り」は掛詞、「鈴」と「振り」は縁語。「草のやどり」は六条院、「鈴虫」は女三の宮を喩える。
「出家しても、あなたは昔と同じく美しい」の意。
雲の上を かけ離れたる すみかにも もの忘れせぬ 秋の夜の月
冷泉院 ⇒ 光源氏(贈歌)
【現代語訳】
宮中から遠く離れた住みかである仙洞御所にも、忘れもせず秋の月はかがやいています。
※「中秋の名月は照っているのに、あなたはこちらを訪れませんね」の意。
月影は 同じ雲居に 見えながら わが宿からの 秋ぞ変はれる
光源氏 ⇒ 冷泉院(返歌)
【現代語訳】
月の光は昔と同じくかがやいていますが、私の方がすっかり変わってしまいました。
※「月影」は冷泉院のことを指す。