君にとて あまたの春を 摘みしかば 常を忘れぬ 初蕨なり
阿闍梨 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
わが主人にと思って毎年の春に摘んできましたので、今年も例年どおりの初蕨です。
※「君」は亡き八の宮をさす。「摘み」と「積み」は掛詞。
この春は 誰れにか見せむ 亡き人の かたみに摘める 峰の早蕨
中君 ⇒ 阿闍梨 (返歌)
【現代語訳】
今年の春は誰にお見せしましょうか。亡き人の形見として摘んだ峰の早蕨を。
※「亡き人」は亡き父・八の宮をさす。「姉・大君が亡くなって早蕨を見せる人がいない」の意。
折る人の 心にかよふ 花なれや 色には出でず 下に匂へる
匂宮 ⇒ 薫 (贈歌)
【現代語訳】
この梅の花は、折る人の心に通っている花なのでしょうか。外見には出ないけれど内側に匂いを含んでいますね
※匂宮は、薫が内心では中君を慕っているのではないかと疑っている。
見る人に かこと寄せける 花の枝を 心してこそ 折るべかりけれ
薫 ⇒ 匂宮 (返歌)
【現代語訳】
見る人に言いがかりをつけられる花の枝は、注意して折るべきでしたね。
はかなしや 霞の衣 裁ちしまに 花のひもとく 折も来にけり
薫 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
早いものですね。喪服を作ったばかりなのに、もう花が咲く季節となりました
※大君の喪が明けて、中君が喪服を脱ぎ禊を行った日に贈られた和歌。「霞の衣」は喪服のこと。
見る人も あらしにまよふ 山里に 昔おぼゆる 花の香ぞする
中君 ⇒ 薫 (贈歌)
【現代語訳】
花を見る人もいなくなってしまうでしょう。嵐にが吹き乱れる山里に、昔を思い出させる花の香が漂っています
※中君は京へ引っ越す予定なので、「宇治の山荘の庭の花を見る人がいなくなる」と感傷にひたっている。「嵐」と「あらじ」をかけている。
袖ふれし 梅は変はらぬ 匂ひにて 根ごめ移ろふ 宿やことなる
薫 ⇒ 中君 (返歌)
【現代語訳】
昔見た梅は今も変わらぬ匂いですが、すっかり引っ越してしまう邸は、今はもう他人の所なのでしょうか。
さきに立つ 涙の川に 身を投げば 人におくれぬ 命ならまし
弁の尼 ⇒ 薫 (贈歌)
【現代語訳】
大君様が先立たれた悲しみの、涙の川に身を投げていたならば、死に後れなかったでしょうに。
身を投げむ 涙の川に 沈みても 恋しき瀬々に 忘れしもせじ
薫 ⇒ 弁の尼 (返歌)
【現代語訳】
身を投げるという涙の川に沈んでも、恋しい人と過ごした折々を忘れることはできまい。
人はみな いそぎたつめる 袖の浦に 一人藻塩を 垂るる海人かな
弁の尼 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
他の人は皆、準備に忙しく繕い物をしていますが、一人涙に暮れる尼の私ですこと。
※「発つ」と「裁つ」、「浦」と「裏」、「海人」と「尼」は掛詞。「裏」「裁つ」は「袖」の縁語。「藻塩」「海人」は「浦」の縁語。
塩垂るる 海人の衣に 異なれや 浮きたる波に 濡るるわが袖
中君 ⇒ 弁の尼 (返歌)
【現代語訳】
涙に暮れる尼であるあなたと同じです。頼りないこれからの日々を思って涙を流している私は。
ありふれば うれしき瀬にも 逢ひけるを 身を宇治川に 投げてましかば
大輔の君 (唱和歌)
【現代語訳】
長生きしたので嬉しい事に出会うことができました。もし身を宇治川に投げてしまっていたら、今日、一緒に京へ行くことはできなかったでしょう。
※大輔の君は中君付きの老女房。「身を憂」の「う」は「宇治川」の「う」とかけている。「ましかば」反実仮想。
過ぎにしが 恋しきことも 忘れねど 今日はたまづも ゆく心かな
女房 (唱和歌)
【現代語訳】
亡くなった方を恋しく思う気持ちは忘れませんが、今日は何をさしおいてもまず嬉しく思います。
※「過ぎにし」は亡き大君を指す。
眺むれば 山より出でて 行く月も 世に住みわびて 山にこそ入れ
中君 (独詠歌)
【現代語訳】
考えると山から出て昇って行く月も、この世を住みにくいものと嫌って山に帰って行くのでしょう。
※「澄み」に「住み」を掛ける。京に行っても、また宇治に帰るかも知れないと自分の将来を案じる和歌。
しなてるや 鳰の湖に 漕ぐ舟の まほならねども あひ見しものを
薫 (独詠歌)
【現代語訳】
琵琶湖の湖に漕ぐ舟のように、まともではないが一晩会ったこともあるのに。
※匂宮が中君を京の二条院に迎え、愛しているのを見て薫は悔しく思う。「しなてるや」は「鳰(にお)の海」の枕詞。「舟の」までの上句は「真帆」を導く序詞。「鳰(にお)の海」は琵琶湖の呼称。
世の常の 垣根に匂ふ 花ならば 心のままに 折りて見ましを
薫 ⇒ 今上帝 (贈歌)
【現代語訳】
どこにでもあるような家の、垣根に咲いている花ならば、思いのままに手で折って鑑賞することができるでしょうに。
※今上帝から女二の宮の降嫁をほのめかされ、高貴さゆえに遠慮する意味の和歌。
霜にあへず 枯れにし園の 菊なれど 残りの色は あせずもあるかな
今上帝 ⇒ 薫 (返歌)
【現代語訳】
霜に耐えられず枯れてしまった園の菊であるが、残りの色は褪せていませんよ。
※「園の菊」は亡くなった藤壺女御。「残りの色」はその娘・女二の宮を喩える。
今朝の間の 色にや賞でむ 置く露の 消えぬにかかる 花と見る見る
薫 (独詠歌)
【現代語訳】
今朝の朝顔の美しさを愛でようか。置いた露が消えずに残っているわずかの間のみ咲く花と思いながら。
※はかない露より、よりいっそうはかない朝顔の開花時間に共感する和歌。はかなく亡くなった大君を思う。
よそへてぞ 見るべかりける 白露の 契りかおきし 朝顔の花
薫 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
あなたを姉君と思って自分の妻にしておくべきでした。白露が約束しておいた朝顔の花ですから。
※「白露」を大君に、「朝顔の花」を中君に喩えている。
消えぬまに 枯れぬる花の はかなさに おくるる露は なほぞまされる
中君 ⇒ 薫 (返歌)
【現代語訳】
露の消えないうちに枯れてしまう花のはかなさよりも、後に残る露はよりいっそうはかないものです。
※「花」を大君、「露」を自分に喩えている。「後に残された私のほうが姉上よりもっと頼りない」の意。
大空の 月だに宿る わが宿に 待つ宵過ぎて 見えぬ君かな
夕霧 ⇒ 匂宮 (贈歌)
【現代語訳】
大空の月さえも宿る私の邸でお待ちしていますが、夕暮れ時が過ぎてもまだあなたはお見えにならないのですね。
※夕霧は娘・六の君と匂宮との婚儀を、整えて待っているのに、匂宮がなかなか来ないので。催促の和歌を贈る。
山里の 松の蔭にも かくばかり 身にしむ秋の 風はなかりき
中君 (独詠歌)
【現代語訳】
山里の松の蔭でもこれほどに、身にこたえる秋の風は経験しなかった。
※「秋」に「飽き」を掛けている。匂宮と六の君が結婚してしまい、嘆く和歌。
女郎花 しをれぞまさる 朝露の いかに置きける 名残なるらむ
落葉の宮 ⇒ 匂宮 (贈歌)
【現代語訳】
女郎花が一段としおれています。朝露がどのように置いていったせいでしょうか。
※「女郎花」を六の君に、「朝露」を匂宮に喩える。六の君への後朝の文の返事だが、養母・落葉の宮の代作。
六の君は夕霧と藤典侍との娘だが、実母の身分が低いため、落葉の宮が養母となっている。
おほかたに 聞かましものを ひぐらしの 声恨めしき 秋の暮かな
中君 (独詠歌)
【現代語訳】
宇治にいたら何気なく聞いたであろうに、ひぐらしの声が恨めしく聞こえる秋の暮だこと。
※「秋」に「飽き」を掛ける。
うち渡し 世に許しなき 関川を みなれそめけむ 名こそ惜しけれ
按察使の君 ⇒ 薫 (贈歌)
【現代語訳】
世間から認められない仲なのに、たびたびお逢いしているという噂が広まるのが辛うございます。
※「関川」は逢坂の関の川。「塞き」「関」、「見慣れ」に「水馴れ」をかける。「渡し」は「川」の縁語。按察使の君は女三の宮付の女房であり、薫の愛人。早々に帰る薫を恨む和歌。
深からず 上は見ゆれど 関川の 下の通ひは 絶ゆるものかは
薫 ⇒ 按察使の君 (返歌)
【現代語訳】
愛が深くないように表面的には見えますが、心の中では愛情の絶えることはありませんよ
いたづらに 分けつる道の 露しげみ 昔おぼゆる 秋の空かな
薫 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
無駄に歩いた道の露が多いので、昔、あなたに添い寝した時のことが、思い出される秋の空模様ですね。
※「露」は涙に濡れていることを暗示する。薫は前日に、中君の袖をとらえて迫ったが、妊娠している様子を見て自制した。
また人に 馴れける袖の 移り香を わが身にしめて 恨みつるかな
匂宮 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
他の男に慣れ親しんだ袖の移り香が、我が身にとって深く恨めしいことだ。
※「また人」は薫のことを指す。中君の袖に薫の移り香が匂っていたので、二人は関係を持ったのではと疑う和歌。「馴れ」と「袖」は縁語。
みなれぬる 中の衣と 頼めしを かばかりにてや かけ離れなむ
中君 ⇒ 匂宮 (返歌)
【現代語訳】
親しんで信頼してきた私たち夫婦の仲も、この程度の香りで切れてしまうのでしょうか。
※「かばかり」に「香」を掛ける。「馴れ」と「衣」は縁語。
結びける 契りことなる 下紐を ただ一筋に 恨みやはする
薫 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
あなたは他の人と契りを結んでしまったのだから、今さらどうして一途に恨んだりしましょうか。
※「結ぶ」「下紐」「一筋」は縁語。
宿り木と 思ひ出でずは 木のもとの 旅寝もいかに さびしからまし
薫 (唱和歌)
【現代語訳】
昔泊まった家だと思い出さなかったら、木の下の旅寝もどんなにか寂しかったことでしょう。
※宇治を訪問した際に詠んだ和歌。
荒れ果つる 朽木のもとを 宿りきと 思ひおきける ほどの悲しさ
弁の尼 (唱和歌)
【現代語訳】
荒れ果てて腐った木のもとを昔の泊まった家と、思っていてくださることが悲しいです。
穂に出でぬ もの思ふらし 篠薄 招く袂の 露しげくして
匂宮 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
顔には出ないが、物思いをしているようですね。篠薄が招くので、衣の袂が露でいっぱいです。
※庭のススキを眺めながら詠んだ和歌。
秋果つる 野辺のけしきも 篠薄 ほのめく風に つけてこそ知れ
中君 ⇒ 匂宮 (返歌)
【現代語訳】
秋の終わりは野辺の景色の
篠薄をわずかに揺らしている風によって知られます
すべらきの かざしに折ると 藤の花 及ばぬ枝に 袖かけてけり
薫 (唱和歌)
【現代語訳】
帝の插頭のために折ろうとして、藤の花の私の手の届かない枝に袖をかけてしまいました。
※「高貴な姫君を畏れ多くも頂戴しました」という意味の和歌。「及ばぬ枝」は女二の宮を喩える。
よろづ世を かけて匂はむ 花なれば 今日をも飽かぬ 色とこそ見れ
今上帝 (唱和歌)
【現代語訳】
永い間変わらず美しく咲き匂う花であるから、今日も見飽きない美しさとして見ます。
君がため 折れるかざしは 紫の 雲に劣らぬ 花のけしきか
夕霧 (唱和歌)
【現代語訳】
主君のため折った插頭の花は、紫の雲にも劣らない美しい花の様子です。
世の常の 色とも見えず 雲居まで たち昇りたる 藤波の花
紅梅大納言 (唱和歌)
【現代語訳】
ありふれた花の色には見えません。宮中まで立ち上った藤の花は。
貌鳥の 声も聞きしに かよふやと 茂みを分けて 今日ぞ尋ぬる
薫 (独詠歌)
【現代語訳】
かお鳥の声は昔聞いた声に似ているだろうかと、草の茂みを踏み分けて今日尋ねてきたのだ。
※薫は宇治にて大君に似ている浮舟を見かけた。「貌鳥(かおどり)」は実体不明であるが、亡き大君と浮舟が「かお」が似ていることからこのように表現したか。一説によると、貌鳥とはカッコウ。
見し人の 形代ならば 身に添へて 恋しき瀬々の なでものにせむ
薫 ⇒ 中君 (贈歌)
【現代語訳】
亡き大君の形代(かたしろ)ならば、いつも側において恋しい折々の気持ちを移して流す撫物としよう。
※「見し人」は亡き大君。「瀬々」と「なでもの」は縁語。形代とは霊が依り憑く依り代の一種で、撫でて穢れを移した後に川や海に流す風習があった。浮舟のことを形代に見立てている。
みそぎ河 瀬々に出ださむ なでものを 身に添ふ影と 誰れか頼まむ
中君 ⇒ 薫 (返歌)
【現代語訳】
禊をおこなう河の瀬々に流し出す撫物を、ずっと側に置いておくと誰が期待するでしょうか。
※「形代=撫で物は水に流すものだから、浮舟を生涯の伴侶として添い遂げるとは思えません」の意。
しめ結ひし 小萩が上も 迷はぬに いかなる露に 映る下葉ぞ
浮舟の母 ⇒ 左近少将 (贈歌)
【現代語訳】
縄を結んで囲いをしていた小萩の上葉は乱れていないのに、どんな露で色が変わった下葉なのでしょう。
※「露」を常陸介の実の娘、「下葉」を左近少将に喩える。浮舟との縁談を断り、実の娘に乗り換えた左近少将を非難する和歌。
宮城野の 小萩がもとと 知らませば 露も心を 分かずぞあらまし
左近少将 ⇒ 浮舟の母 (返歌)
【現代語訳】
宮城野の小萩のもとと知っていたならば、露は少しも心を分け隔てしなかったでしょうに。
※「宮城野の小萩」は、皇族の血を引く浮舟のこと。「露」は自分自身の比喩。「浮舟が皇族の血を引いていると知っていたら、私は心変わりしなかった」の意。
ひたぶるに うれしからまし 世の中に あらぬ所と 思はましかば
浮舟 ⇒ 浮舟の母 (贈歌)
【現代語訳】
ひたすらに嬉しいことでしょう。ここが世の中で別の世界だと思えるならば。
※三条の隠れ家に心細く隠れ住んでいる浮舟の和歌。
憂き世には あらぬ所を 求めても 君が盛りを 見るよしもがな
浮舟の母 ⇒ 浮舟 (返歌)
【現代語訳】
辛いこの世ではない所を訪れてでも、あなたが幸せになっている世を見たいものです。
絶え果てぬ 清水になどか 亡き人の 面影をだに とどめざりけむ
薫 (独詠歌)
【現代語訳】
涸れ果てていない清水にどうして亡くなった人の面影だけでも、とどめておかなかったのだろう。
※「亡き人」は八の宮、大君のこと。
さしとむる 葎やしげき 東屋の あまりほど降る 雨そそきかな
薫 (独詠歌)
【現代語訳】
扉を閉ざすほど雑草が生い茂っているせいでか、東屋であまりにも待たされて雨に濡れることよ。
※催馬楽「東屋」の歌詞を踏まえる。東屋(あづまや)の 末也(マヤ)のあまりの、その雨そそぎ 我立ち濡れぬ 殿戸開かせ、この直後、薫は三条の隠れ家にいる浮舟と男女の契りを交わす。
形見ぞと 見るにつけては 朝露の ところせきまで 濡るる袖かな
薫 (独詠歌)
【現代語訳】
亡き大君の形見だと思って見るにつけ、朝露がたくさん置くように袖が涙に濡れることだなあ。
※大君に似た浮舟を手に入れたことを詠嘆する和歌。
宿り木は 色変はりぬる 秋なれど 昔おぼえて 澄める月かな
弁の尼 ⇒ 薫 (贈歌)
【現代語訳】
宿木の色は変わってしまった秋ですが、昔が思い出される澄んだ月ですね。
※「宿り木は色変はりぬる」は、薫の気持ちが大君から浮舟に移ったことを言う。「月」は薫の比喩。
里の名も 昔ながらに 見し人の 面変はりせる 閨の月影
薫 ⇒ 弁の尼 (返歌)
【現代語訳】
「宇治(憂し)」という里の名も私も昔のままであるのに、かつて見た大君が浮舟に面変わりしたかと思われる寝所の月光です。
早蕨(15首)さわらび
宿木(24首)やどりぎ
東屋(11首)あずまや